先日、音楽の権利者がTwitter社を提訴したというニュースがありました。この記事では、このニュースから見えてくるTwitter社の問題と日本の利用者への影響を考察していきます。
目次
NMPAと音楽出版社がTwitterを提訴
6月14日に音楽出版社の業界団体である全米音楽出版社協会(National Music Publishers’ Association、以下「NMPA」)とソニーやユニバーサル・ミュージックなど音楽出版社17社が共同で、Twitter社(正確にはイーロン・マスク氏のX社が被告)を著作権侵害で提訴しました。損害賠償額は2億5000万ドル(日本円で約350億円)とのことです。この額は侵害楽曲数約1,700曲で1曲につき15万ドル(日本円で約2,100万円)という内容で計算されているということです。
●参考:Forbes Japan「音楽業界がツイッターに350億円の賠償求め提訴、著作権侵害で」
●参考:Music Business Worldwide「Music publishers sue Twitter for $250m+ alleging ‘rampant infringement of copyrighted music’」
一般にはあまり知られてないことだったかもしれませんが、音楽権利者サイドから見るとTwitterは正しい手続きも使用料の支払いも行わない困った会社という認識で、この数年問題になっていました。NMPAは2021年12月から継続的に合計30万件の侵害ツイートに関する通知をTwitterに送り続けてきたとのことです。また、同じく2021年には22名の議員が連名で当時のCEOであるジャック・ドーシー氏にTwitter上での著作権侵害問題への対応についての公開書簡を送るということもありました。
●参考:Digital Music News「Why Isn’t Twitter Paying Musicians? Members of Congress Demand Answers」
大手ソーシャルメディアの中でTwitterだけが著作権使用料を払っていない
現在、Meta(Facebook/Instagram)、TikTok、YouTubeなど大手ソーシャルメディアは、音楽権利者(音楽出版社やレーベル)との間で著作権の利用に関わるライセンス契約と使用料の支払いを行っています。しかし、Twitterだけは音楽権利者側からの呼びかけに応じてない状況が続いていました。
Twitterがここまで使用料支払いに応じないことを正当化しているのは、アメリカのデジタルミレニアム著作権法(Digital Millennium Copyright Act、以下「DMCA」)のセーフハーバー条項(512条、「ノーティスアンドテイクダウン手続」と言われている)によるところが大きいと思われます。これは、ユーザーによって著作権侵害がインターネットを介して行われた場合、インターネットサービスプロバイダーなどが一定の条件下で免責される、というものです。アメリカで多くのオンラインサービスが生まれ、権利的にはグレーゾーンであってもとりあえずサービスインして成長していくという理由の一つにはこのセーフハーバー条項があると思われます。
ただし、この免責を受けるためには、権利者から通知 (notice)を受けたら速やかに削除(takedown)しないといけません。もともとはYouTubeのコンテンツIDの仕組みもこの「ノーティスアンドテイクダウン手続」をスムーズに行うということが目的の一つだったと考えられます。しかし、前述の記事によるとNMPAからの30万件にも及ぶ通知に対してTwitterは削除の対応を行なっていないようです。さらに、数年前からTwitterと権利者との間でライセンス交渉が行われているという情報がありましたが、マスク氏による買収後、担当者が退職したりして交渉が滞っていたようです。これらの状況を総合して判断し、NMPAは次の段階である訴訟に踏み切ったのでしょう。
これまでYouTubeをはじめ多くのソーシャルメディア、オンラインサービスなどが音楽の権利者ともめてきましたが、ほとんどが訴訟→和解(使用料支払い)という流れになっています。この数年の間だけでもRoblox、Peloton、Twitchなどがあります。今回の訴訟でTwitterもこれらと同じ結果になるのでしょうか?
Twitter大好きな国、日本。利用に関する注意点は?
ところで、ある統計によるとTwitterの方がFacebookよりシェアが高いのは世界で日本とウガンダだけだそうです。そんなTwitter大好きな国、日本ですが、Twitter上での音楽利用の現状はどうなっているのでしょうか?
現在、日本では、YouTubeやInstagramなど主だったソーシャルメディア・動画共有サービスなどは、音楽著作権に関してJASRACとの間で包括の利用許諾契約を締結しています。このおかげでユーザーは動画内で利用する音楽について個別の著作権処理を気にせずに済んでいます。ご存じのとおり「歌ってみた」動画が可能なのもYouTubeがJASRACに使用料を払っているからです。(ただし、音源の権利=原盤のライセンスは別です。)
●参考:JASRACウェブサイト ー 利用許諾契約を締結しているUGCサービスの一覧
しかし、TwitterはJASRACとの包括の利用許諾契約を締結していません。このため、Twitter上での音楽利用(音楽を含む動画の投稿)については、JASRACとの個別の手続き、使用料支払いが必要となります。この事実については知らなかったという人が多いのではないでしょうか。
●参考:JASRACウェブサイト ー Twitterに自作動画をアップし、JASRACの管理楽曲を使用します。JASRACへの手続きは必要ですか。
前述のように日本ではTwitterの利用率が高いので、個人での利用だけではなく、企業やお店などもプロモーション動画をYouTubeやInstagramだけでなくTwitterにも投稿します。そのようなプロモーション動画にはロイヤリティフリーの音楽を利用することが多いです。ロイヤリティフリー音楽を利用していれば、前述のJASRACとの問題も発生しませんが、ここに意外な落とし穴があります。海外発のRoyalty-free音楽のライセンスサービス(ArtlistやPremiumBeatなど)で提供されている楽曲には、実はJASRAC管理楽曲が多く含まれています。
今回の訴訟をきっかけに、Twitterも他のソーシャルメディアと同じように音楽の権利者との間で契約を交わし、使用料を支払うように変わっていく可能性があると思われますが、それも時間がかかるかもしれません。少なくとも現状はTwitterに投稿する企業のプロモーション動画などには確実に安心できるロイヤリティフリー音楽のサービスを利用する必要があるでしょう。
(更新)MetaのThreadsはサービス開始と共にJASRACと契約
(2023/7/7更新)
Twitter対抗としてMetaが新たに始めたThreadsですが、7月6日のサービス開始時点からJASRACと利用許諾契約を交わしたことがわかりました。明らかにTwitterとの違いを意識した動きと思われます。これでさらに今後のTwitterの対応がどうなるのか興味深いです。
●参考:ITmedia News「Threads、JASRACと利用許諾契約を結んでいた Twitterとの差別化点に」